環境共生という言葉を最近よく見かけるようになりました。私もまたこのサイトの中で使ってもいるわけですが、では「環境共生」ってどういう意味なんでしょう。
辞書によると「共生(共棲)」の本来の意味は「別種の二生物がたがいに利益をつけながら共同生活する。マメ科植物と根瘤バクテリア、アリとアリマキの類」とあります。ということは共生という以上、その関係は互いにギブアンドテイク、相互に利益をもたらす関係になっていないといけないという事です。
はたして人間と周辺環境の関係ってたがいに利益を与えてるんでしょうか。どう見ても違いますよね。
人間は周辺環境から利益を得るだけで、環境に対して利益を与えないどころか大変な損害を与えています。こと建築に限れば、たとえそれがどんなに周辺環境への配慮を考えた「環境共生型住宅」であっても環境に対する負荷はたいへん大きなものとなってしまいます。
企業にしろ行政にしろ、また個人にしろ「環境共生」を声高く謳い、それなりの仕様・設備を備えているのは良いとして、なにかそのように謳えば全てが無罪放免になったかのように、「どうだ」とばかりに非常に「アクティブ」な態度で行動する企業や人をよく見かけるようになりましたが、こういう人たちこそ環境にとってはとんでもなく迷惑な人間に違いありません。
「地球にやさしい」なんていう言葉もよく聞かれますが、これもたいへんな言葉の間違いで、別に地球の方はやさしくして欲しいなんて思ってもいないでしょう。
たとえは核戦争が起こって地球が放射能に満たされ人類が絶滅したとしても、大地も海も大気も残りますし、全ての生物が絶滅することもありません。生物はいわばそのリセットされた状態から再び進化の道を歩みはじめるでしょうし、人類が消えたそんな未来こそ地球にとっては理想的な状態になるのかもしれません。
「地球にやさしい」とは、わがままな私たち人類がいまになって地球にやさしくして欲しいと願う駄々みたいなものです。
パッシブデザインを考えるためには、まず自分の思考自体を「パッシブ」にしなけばなりません。いまの世の中にはびこる「環境共生」や「地球にやさしい」という言葉の乱発のなかに見え隠れする旧来からの「アクティブ」な思考、まあ、関西風にわかりやすく言えば「どや、どや、わしがやったるで。ええもんできてたで。環境にやさしいやろが。」というような態度・思考では話にもなりません。
ただ思考をパッシブに、といっても「消極的に」という意味ではありません。がむしゃらに自分の思考・行動を追求するのではなく、物事を成す前に十分に対象を観察し広い視野や柔軟な視点を持って考えよう、という事です。結果を早急に求めるのではなく、急がず焦らず、ゆったりと考えてみようという事です。
住まいづくりの場合でも、まずそんな考えを持つことが大事です。建替えの場合、まず本当に建替える必要があるのか、なぜリフォームではダメなのか。
新築の場合だと、なぜ家を持つ必要があるのか、賃貸住宅や中古住宅の購入ではどうしていけないんだろうか。そんなところから、改めて考えることが大事なのです。
そう考えた上で、それでも家を建てないとダメという結論が出た時には、住まいを求める理由やそれに対する要望も明確になっていることでしょうし、あれもこれもと迷った末の無駄なお金(=資源)も使わなくて済むようになっている事でしょう。
まずは考え方をパッシブに。そこからパッシブデザインがはじまります。